真珠星 01 「伏せろ!」 ぐっと頭を押されるのとほぼ同時に、ガガガっと銃を連続して撃つ音が響く。 悲鳴がいくつも連なって、その中に笑い声が混ざった。 銃を撃っている男の、厭らしい笑い声だ。 「ハンター試験受験者の皆さんにお知らせで〜す」 男は銃口から立ち上る煙をふっと吹き消して、やけに間延びした声で言う。 銃でも当たって窓が割れたのだろうか、びゅうびゅうと風の抜けていく音がした。 「この車両は俺にジャックされました〜もしお前らが会場まで無事辿りつきたけりゃ、俺に勝つこと。それ以外に道はねぇ」 そっと頭を上げて座席の間から覗き見ると、男はポケットからごそごそと葉巻を取り出しているところだった。 身長は平均的、体格もそこそこ。 ハンターだろうか? 全身のオーラは安定していて、隙がない。 男は葉巻に火をつけ、すうと深く吸ってから、ふー、とゆっくりと長く吐き出した。 そしてにやりと笑って言う。 「ルールは簡単だ。俺からこいつを奪ってみな。一人一人かかってきてもいいし、まとまってきたって構わねぇ。ま、その方が俺は楽なんだがな」 しん、と沈黙が辺りを覆った。 男の後ろを覗くと、その先に車両はなく、ただ景色だけが続いていた。 恐らくこの車両だけを残して、列車は先を進んだのだ。 これは試験だ。 ハンター試験はすでに始まっている。 そしてこの車両は、その試験会場なのだ。 ごくりと唾を飲む。 ちらりと隣に目をやると、ハンゾーには先程までの好青年のような雰囲気はすでになく、その目は冷たく光っていて、ぞくりと背筋に寒気が走った。 ---さすがハンターを目指すだけはある。 「由乃、組むか?」 「冗談。組めるほど器用じゃないわ」 「そりゃ良かった、俺もだ」 互いににっと笑い合う。 スカートの中に手を入れて、太股のホルダーからそっと、匕首を三本引き抜いた。 手の中に隠すようにして構えると、あ、と唐突に男の声がしてまた顔を上げた。 「忘れてた。狙うのは後ろの奴でも構わねぇ、あっちは体に触れりゃあ合格だから楽だぜ。ま、近づければ、の話だがなぁ」 男は葉巻で車両後方を示して、相変わらずにやにやと笑いながら言った。 ぱっと後ろを振向くと、帽子を目深にかぶった大柄な男が、一メートルは軽く越えるだろう矛をずっしりと構えて立っていた。 さあ、どちらを狙うか---。 左耳につけられた”念封じ”のピアスをそっと撫でてみる。 師匠との約束だ、ハンター試験が受かるまで念を使うことはできない。 ならば考えるまでもない。 念が使えないのなら、”奪う”より”触れる”方が楽だ。 再びハンゾーを見ると、にっと笑って前を指差した。 私も同じようにして、後ろを指差す。 「ちなみに早い者勝ち、つまり合格者は最大二名。説明は以上。それじゃ------試験開始!」 わっ、と、列車内に野太い声が響き渡った。 なるほど、これは確かに何度か篩にかける必要がある。 目の前の光景に、ふうとため息をつく。 列車内の人間は合図からすぐに二手に分かれ、それぞれ攻撃を始めた。 でもそれはどれも拙いというか、取るに足らないものばかり。 相手の得物の長さだとか、攻撃範囲だとか、そういったことを考えているようにさえ見えない。 ハンターを目指すのだから、念を使えるとまではいかなくとも多少は武芸を嗜んでいるだろうに。 少し様子を伺おうかと思って後部座席の間に身を潜めたけれど、これでは様子見の意味がない。 心なしか矛を持った大男もつまらなそうに見える。 それもそうだ、機関銃の男が打った流れ弾に当たる馬鹿までいるのだから。 はあ、ともう一度ため息をついて、匕首を構え直す。 すでに何人か気を失ったり負傷したりして、まだ挑戦しようという者は大分少なくなってきた。 最初の半分程度だろうか。 あまり人が多くても、逆に邪魔で動きにくい。 流れ弾にも少し気を配りながら、そっと足と腕に力を込めた。 ---これは篩だ。 試験会場に辿りつく確率、一万人に一人。 ルーキーが合格する確率、三年に一人。 その”一人”になるための、最初の篩だ。 最初に投げた匕首は、壁から引き剥がした絵の額縁で簡単に弾き飛ばされた。 男がこちらを向くのと同時に駆け出すと、ごおっと風を切りながら矛先がこちらに向う。 思ったよりも動きは早い、が、避けるくらい造作もない。 とん、と軽く地を蹴って避け、そのまま矛先に足をかけ更に飛び上がる。 ---よし、間合いに入った! 後ろ手に匕首を二つ投げながら、ホルダーからもう一本引き抜く。 空中で体を反転させて、だんっ、と男の斜め後ろに位置する壁を蹴る。 そのまま男の首元に手を伸ばして---ここで男は、それを避けるか矛の柄で攻撃しようとするだろう。 だが、投げた匕首が矛の持ち手に当たり、男の手元のバランスが一瞬崩れた。 一瞬。そう、一瞬だ。 一瞬でも不意の事態が起こる、コンマ数秒の隙が出来る。 たとえそれが”一瞬”でも、その瞬間がありさえすればいい。 だってこの試験は、男に”触れ”ればいいのだから。 「---合格」 片腕で男の首を固め、片手でその首元に匕首を宛がう。 男はくっと喉の奥で笑いながら、余裕の声で言った。 帽子の下から覗くようにすると、にいっと歪んだ目が私を見ていた。 そしてすぐに目を逸らすと、前方に向って叫ぶように言う。 「おいルード!こっちはもう合格者出ちまったぞ!」 「ああ?早ぇよお前、手、抜きすぎだろうが」 ルードと呼ばれた男は、がちゃがちゃと銃に弾を補充しながら苛々と答えた。 がちゃんっと小気味いい音を出して持ち直すと、さあて、と再び構える。 ハンゾーを含め三、四人がそれに向かっていった。 「見込みねぇのが多すぎんだよ!…おい嬢ちゃん、もう離してもいいんだぜ、あんたは合格だ」 「…え?うあっごめんなさい!」 とんとん、と腕を叩かれて初めて、匕首を突きつけたままだったことに気がついた。 はっとして手を離すと、そのまますとんと地面に落ちる。 そういえば、身長差の為に首に腕をひっかける形でしかいられなかったのだ。 周りを軽く見回すと、動ける者はみんなルードの方へ向かっていっていた。 近くで気を失うか負傷するかで倒れている者も、一時的に動けない程度の軽傷。 ”手を抜きすぎだ”というのが本当であるのを物語っている。 「ま、とりあえず座んな。あっちはまだかかりそうだしよ、ルードの野郎久々にぶっ放せるってんで完璧楽しんじまってやがる」 全く、と呆れたようにため息をつきながら、男はどかりとその場で座り込んだ。 同じようにぺたりと座り込むと、男はにいっと口角をあげた。 「あっちが済むまでお話でもしてようや。俺ぁゴードン、ハンター試験の雇われ試験官だ。嬢ちゃん、あんたは?」 「由乃です、由乃=浅香」 「オーケィ、ヨシノ=アサカ、な。ルーキーだろ、去年まではいなかった」 「あ、はい。去年までは、ってことは、毎年こんな試験を?」 おうよ、と応えながら、ゴードンはポケットから小さなウィスキー瓶を取り出すとそのまま口をつけてぐいっと呷った。 どかどかと銃声の鳴り響く中で、こうして座り込んでお話して、お酒まで飲み出すなんて。 試験もあっさりと済んでしまって拍子抜けだし、なんだか妙な気分だ。 居心地が悪くて酒瓶をじっと見ていると、ゴードンはふと気がついたようにずいとそれを突き出して、飲むか、とまで聞いてきた。 「結構です。私の国じゃ20歳まで飲めないし」 片手を添えて断ると、ふうん、と言いながら腕を引っ込めてまた酒瓶を呷る。 「嬢ちゃん、年は?」 「今年で15」 「若ぇなーま、ルーキーにしちゃ相応か。っと、そうだそうだうっかり忘れちまうとこだった」 ゴードンはごそごそとポケットを探ると、あった、とばかりに片手いっぱいに握ってずいと突き出してきた。 訝しむより先にぱっと手が開かれると、ばらばらと先程投げた計三本の匕首が、私の目の前に落とされた。 「あっ」 「タイミング、狙う場所、軌道、となかなかいい筋だった。が、いつもコレを使ってるってわけじゃねぇ。そうだろ?」 ゴードンはまたぐいと酒瓶を呷る。 口元には笑みを湛えて、上を向いたときに帽子の隙間から見える目はにいと不気味に笑っていた。 「…そのピアスは取らねぇのか」 どくん、と心臓が高鳴る。 ゴードンの体を覆う念は好戦的な色を湛えている。 睨みつけるようにして見ていると、目の前を流れ弾が横切っていき、後ろのドアに穴を開けた。 「……ま、本気出してねぇのはこっちも同じ、か」 ふっと息をついて、ゴードンはまた口元に笑みを浮かべた。 「…ゴードン、あなたどうして、私を合格にしたの?」 「あ?あんたが俺に触れたからだよ、”ルール”だろ」 「そうじゃなくて、」 「わかってねぇなぁ嬢ちゃんよぉ」 ゴードンはふー、と長く息をついて、帽子の上から頭をがしがしと掻きながら立ち上がった。 ただでさえ大柄なものだから、見下ろされると圧倒的な威圧感がある。 ぞくぞくと鳥肌が立つのがわかった。 「テメェら相手に俺らが本気でやろうもんなら、”篩”どころじゃなくなっちまうだろ」 「よし、兄ちゃん合格だ!」 ルードの声にばっと立ち上がると、もう立っているのはハンゾーだけだった。 ハンゾーは私を見ると、その手に半分ほどの長さになった葉巻を持って、にっと笑ってみせる。 私も顔に笑みを作って、ぐっと親指を立てて応えた。 列車はその場で、最寄の町への車を待つと言う。 ザバン市へは線路をそのまま歩いていけばいいらしい。 しばらく行くと丘の上に一本杉が見えるから、そこを目指せばいい。 ゴードンとルードは他の受験者達、つまりは不合格者を送って仕事終了だそうだ。 「おい嬢ちゃん」 別れ際、ちょいちょい、と手招きされ近くまで行くと、ゴードンは大きな体を屈めて、私に視線を合わせるようにして言った。 「試験に受かったら、一度”天空闘技場”まで行ってみな。ピアスはずして、な」 「天空闘技場…?」 「おうよ。俺ぁこれでも気に入ってんだぜ、嬢ちゃんのこと」 意味深な言葉に首を傾げると、ゴードンはぽん、と私の頭に手を置いて、それじゃ頑張れよ、と捨て置くようにして列車内へ戻っていった。 ルードも同じように列車へ戻って、穴の開いたドアはばたんと閉じられる。 振り返れば線路は遠く遠く続いていて、先はかすんで見通しが悪い。 「おい由乃、早く行こうぜ」 「…うん。走る?」 「そうだな、日暮れまでにある程度進んでおいた方がいいだろ」 「オッケー」 今はとりあえず、試験会場に無事着くことを考えよう。 私は二、三度軽く屈伸をして、線路に沿って走り出した。 |