rose liebe lilie 08 -狂い咲き- 翌日、人間界の時間でぴったり15時。 侑里と前日の女、加えてシステム管理を担当している霊界人の男が一人、様々な機材に場所を取られた狭い部屋で、肩を寄せるようにして、並んでパイプ椅子に腰かけていた。 目の前には画面の小さなテレビが一つ、やはり小さな机---と言うより、最早棚に近いそれの上に置かれ、共に埃をかぶっている。 「今回は少々複雑な事情がありまして」 女がメモを片手に話し始める。 「まず、先日一匹の妖怪が死にました。階級はD級程度、前科はなし、名は八つ手。食妖妖怪です」 「食人は?」 「報告はありません」 侑里の問いに答えて、女はまた話を続けた。 妖怪八つ手は前科もなく、当然指名手配をされていたわけでもない。 人間界に巣食う妖怪の多くは、霊界の依頼や人間の相談によって、幻海のような霊能者の手で捕えられる。 それは生捕りであったり殺されたりと様々だが、その場合、必ず霊界に連絡がいくものである。 尤も、その制度が制定されたのも近年の話ではある。 しかしそれを守らない霊能者は現段階ではおらず、皆協力的だ。 にも関わらず今回、八つ手について霊界は何一つ把握していない。 突然の死だった。 しかも自然死ではない。明らかに殺されていた。 そして八つ手の魂と共に回収されたのは、殆ど形の残っていない、もう一匹の妖怪の魂だった。 「八つ手は魂までも喰うタイプのようです。万一人間を喰っても、消化された後ならば私たちにはわからないかもしれません」 「もう一匹、は消化しきれていなかったから、八つ手と共に回収できた…ということ?」 女はこくんと頷き、男が引き継いだ。 「実は八つ手の腹からチップの反応があったんです。前科もないのに、おかしな話でしょう。だから、開いてみたんですよ。そしたら中から辛うじて目を動かせるくらいの妖怪が出てきて、---ありゃあ相当グロかったなぁ…で、そのチップ、どうやらそいつに入れてあったものみたいで」 「なるほど。その妖怪は?」 「反吐鬼です。前科五犯。で、チップがこれです。侑里さんは初めてでしたっけ、直に見るの」 男が差し出した掌には、カプセル薬のような小さな、平たい長方形の物体があった。 表面はつるりとしており、一見すると何かの錠剤のようだ。 侑里はこくりと頷いた。 「"チップ"は、過去に霊界で捕えた妖怪の魂に装着---馴染ませる、と言った方がしっくりきますかね。すると、チップを入れられた妖怪の見たものがそのまま、映像としてチップに保存されるようになります。あとは適当な時期にそいつが犯罪を起こすんで、捕獲と同時に内容、またはチップ自体を回収しちまえば良い。…ま、人間界の治安維持と大義名分、ですね」 「…妖怪は、チップに関する記憶は?」 「勿論末梢しますよ。最初の捕獲、その後の洗脳とチップ挿入に関しては、一切の記憶をなくすように作ってますから。…捕獲以前の記憶も。妖怪にとっちゃ哀れな話っす」 言いながら、男は埃に塗れた棚奥へと手を突っ込み、ごそごそと中を探る。 やがて、あった、と引っ張り出したのは、やはり埃を被った投影機だった。 ふっ、と息を吐いて、埃を飛ばす。 「ま、どんなもんか、見ればわかりますよ。…私もここ十年ほど見てなかったんですがね、実は」 舞い散る埃に口元を覆いながら、男は投影機とテレビを数本のコードでつないだ。 かちりと電源を入れれば、投影機の前面は青白く光る。 小さな穴にチップを差し入れると、それはするすると飲みこまれ、ウウ、と数秒機械的な音が続いた。 元来妖怪は、そう悪いものではなかったという。 妖怪が人間を殺すケースは決して少なくはなかったものの、ほとんどは人間からの依頼であった。 しかし人間界の、所謂近代化の波に伴って、世界は大きく変わってしまった。 妖怪を頼りにする人間が少なくなった。 すると妖怪への依頼も、勿論その報酬もなくなる。 当然妖怪は、人間界にいる必要がなくなった。 人間界から妖怪が減ってゆく。 ここで困ったのが霊界だ。 霊界の存在意義の一つである、人間界の治安維持が自然と成し遂げられてしまったのである。 それも、霊界の意図しない所で、だ。 これで三つの世界の均衡が保てるようになった---と、上手くいくわけはない。 霊界は、人間界と魔界の均衡を保つために、人間・人間界を善、妖怪・魔界を悪としなければならなかった。 それが古くから続いてきた善悪の構図であったからだ。 その構図を成り立たせることができない異常、霊界の存在は変化しなければならない。 閻魔大王は思案した。 どうすればこの均衡を保てるか---そして一つの結論に達したのである。 軽犯罪で捕えた妖怪を洗脳し、人間界で悪事を働かせる。 その動きは魂に埋め込んだチップで管理し、最適なタイミングで回収する。 つまりは、悪事を働いた直後、霊界がその情報を逸早く仕入れたと見せかけ、霊能力者に依頼し、捕まえさせるのだ。 更に、その妖怪を野放しにしておいた間、その様子がチップ内に映像として残るようにしておけば、人間界の様子をも記録できる。 こうして、元は善良な---とまでは言わないが、臆病で脆弱な妖怪達を洗脳する為に作られたのが黒の章であった。 ---だから絶対に、あの映像を流出させるわけにはいかない。 侑里は青白い光を睨みつけながら、ごくりと唾を飲んだ。 情報部はこれらの情報を一括で管理し、また、都合の良いようにデータを改竄しやすいよう、閻魔大王の直属とされている。 実際にこれらの事実を知る者は数少ないが、数百年に渡って続けられたこの取り組みによって、霊界は見事、領土と均衡の維持に成功した。 侑里はコエンマすら知らないこの情報に触れることになって早五年、初めて直に、チップの映像を見ることになったのである。 ザザ、ザ…、 不安定な音を発しながら、画面は白黒の、歪んだ世界を映し始めた。 |